バークレー大心理学部への志望動機エッセイと推薦文の締め切りは、泣いても笑ってもあと一週間。つい先週までDr.スースの絵本を読んでいた私がそれらをすべて英語で書くという事変ですから、「笑っても」のくだりはただただ表現の便宜上においてのみ。(写真は「今度アヤちゃんが強盗に遭ったときに戦えるように」と、甥がダンボールで作ってくれた武器。学習能力が低いアホなオバさんはそれを受け取って勇気付けられた結果、ハウスメイトにお金を貸し、またもやそれが返ってこずにお金を失うという事態に…)。
禁断の受話器を取ったあの日から、まだ会ったことも無い伯父は以来キャリアカウンセラーのように毎日電話してくれるようになりました。
「どーですかー。お加減いかがですかー? エッセイの英文が不安? あぁ、アヤさんが書いた英文はうちの子どもに確認させますよ。そんなん、悪い? ここはアメリカですよ。使えるもんは、なんでも使ってください〜!!」。
これまた会ったことの無い伯父の娘、つまり私の従姉妹はネイティブで、医師から転向してワシントンD.C.のアメリカ食品医薬品局で薬の承認を行っているそうです。…なんという、この役目にぴったりな人物。というようにあらゆる奇跡が重なり、私のエッセイも推薦文も数日後にはネイティブレベルの完璧な英作文へと添削され、ギリギリセーフで納品されました。
「よし脱稿!」とホッとしたのも束の間で、そうTOEFL90点の壁がまだ高くそびえています。目の前には憎たらしいぐらい分厚いTOEFLの教科書たち、公式問題集、作文の参考書、リスニングの参考書、スピーキングの参考書たちがドーンと構えています(2万円はたいて教材を買いまくったよ)。こんな本、数か月前まで存在すら知らなかったよ、14年も出版社に勤めていたけど…。
びっくりされるかもしれないけど、このときは強盗にあって生活費だけでなく後の学費の心配もあり本当にカツカツだったので、ハウスメイトと一緒にフードバンクの列に並んだりもしました。そこでは賞味期限ぎりぎりのTrader Joe’sやWhole Foodsの果物やパンが配られました。後にそれらの店で買い物をするたびに「本当に有り難かったな」としみじみ思いましたね。
さてTOEFLに関して「とにかく英語がわからん!」と思って、ジャパンタウンの紀伊国屋書店まで走って日本語のTOEFL必勝本を日本販売価格1500円のものを40ドルもはたいて買ったりもしました。でも経験談としては、公式問題集をひたすら解いてみて、わからないことがあったらGoogle先生に聞くというのが勉強法として一番コストがかからず、スムーズだったように思います。ま、でも一冊でも多く目にした、ということによる心の平安は買えたよね。お守りみたいなもんだと思えば、損ではない。
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Facebookを見てしまうと、元同僚たちの「次号で◯×さんを取材しました!読んでください〜」や、「新しく出来た**のコース。とっておきのワインと頂きました」というリア充度2000%の投稿に凹み、朝に目を覚ましサンフランシスコの埃っぽい部屋の天井を目にしては「やはり夢じゃない…」と絶望的な気持ちになってしまう(誰に頼まれてアメリカくんだりまでやってきたわけでもないのに)。そこで「もうFacebookは見ない!」と紙に書いて壁に貼り、毎日9時間以上デスクに向かってとにかく過去問題を解きまくりました。
ハウスメイトのマイケルが引くのも気にせず、壁に向かってスピーキングテストの練習です。「私が友情に一番大切だと思うのは、えぇーーーっと、トラ、トラスト、信頼です。なぜなら…」とここ数日ほぼ誰にも会ってないのに、美しい友情という妄想の世界に暮らす私。
ただでさえ時間が無いのに高熱を出して2日間ほど寝込んでしまったりと焦りましたが、「まぁ今やれるだけはやった。あとはツアー中、夜に毎日最低1時間はTOEFLの勉強をしよう!」とかねてから参加申し込みをしていたソーヤ海くんと鈴木栄里ちゃんのギフトエコロジーツアーに向かいました。
そうご存知、当然ツアー中は勉強なんて出来るはずもないのですが…。