ギフトエコノミーは資本主義経済とも両立できる。服部雄一郎・麻子さんに教わる、豊かなお金の使い方と自然の恵みにならう暮らしのはじめ方

ギフトエコノミーと資本主義経済を対立させず、
価値主義経済をセルフデザインする。

greenz.jpで執筆させていただいた記事のお知らせです。わたしがアメリカで暮らしていたとき、初めて知った経済の在り方が、ギフトエコノミー(贈与経済)でした。

その前の生活は資本主義経済のど真ん中を謳歌して、東京のメディアでガンガン働いて稼ぎ、それをバンバン使うという暮らしを送っていました。アメリカで再び貧しい学生に戻り、さらにギフトエコノミーを知った私は衝撃を受けました。勉強を終えた後は、「資本主義経済は二極化を生むけど、ギフトエコノミーだとどうだろう? 試しにギフトで生きてみよう」と思って、2年間ほどアメリカの禅センターやスピリチュアルセンターで働いて、その労働ではお金を受け取らず、与えられた宿や食事で暮らしていました。

参考:お会計ゼロ円レストランオーナー、ニップンさんのギフトな生き方#11

参考:猫用自動洗浄トイレ「ネコレット」発売。二極化、世界を裂く「Kの字の傷」の本当の意味

ところが、これまで好きだったカフェに入ると「お金を稼いでないのに贅沢している」と罪悪感を抱いてしまったり、「貯金がどんどん無くなっていく」と不安になったり、優雅に暮らしている人を見ると「私とは違う世界の人だ」と切り離してしまったり。気づけば私が思うしあわせな在り方とはズレていったのです。

参考:加速する二極化とは? 外側の出来事はすべて、自分の中にあるものを確認してくれている

その後、禅修行で学んだもっと深い気づきが少しずつ自分の中に現れてきました。さらにケンウィルバーなどのトランスパーソナルな思想の本(『インテグラル理論を体感する 統合的成長のためのマインドフルネス論』など)を読むうちに、「資本主義経済」と「ギフトエコノミー」を二項対立させて、どちらかが良い悪いとするからなのでは?と思うようになりました。

お話ししたり記事を書いたりするときにも、眉間にシワを寄せて行う平和デモのようにそれが「正しい」と思ってやっていても、一番大切であるまとうエネルギーが分断だったり、怒りだったりと、願う方向性からズレてしまっているのかもしれないと。

そして、昨年末に病気になります。顔面マヒになって、顔がまったく動かなくなったんです。これはとても暗示的な出来事で、「もう作り笑いはできませんよ」と諭されている気がしました。もっと深いエネルギーの自分と一致しなさいというメッセージだと受けとめたんです。

参考:風の時代へ。冬至の心の毒だし、バシャールの現実創造で何が起こる? 突然顔面マヒに、ラムゼイハント症で緊急入院した話。

そこで、この記事では、そういう二項対立を超えて、資本主義経済とギフトエコノミーの両方を味方にしよう。そして、お金やギフトの本質である豊かさのエネルギーを最大化させる、自分だけの価値主義経済をセルフデザインしようと書いてみました。

高知県で暮らす一家の暮らしを実例にしてお届けしています。



ギフトエコノミーって何?

この地球からの贈り物の延長上にある経済様式が、ギフトエコノミー(贈与経済)です。言葉にするとちょっとなじみがないけど、それは何の見返りも求めない無償の贈与や分かち合いのこと。

交わされる物やサービスは、もらったらもらいっぱなし、あげたらあげっぱなし。お布施や寄付に近い感覚で、対価の支払いや返礼の責任は生じません。この点が遊休資産を活用して収入を得る民泊やカーシェアなどのシェアリングエコノミー(共有経済)と異なります。そして、受け取ったことに対して感謝こそしても、恩義を感じる必要もありません。

また、資本主義経済だと儲けるのは資本(お金)だけですが、ギフトエコノミーでは「得した」と思えるものはお金に限らず、交わされた物や豊かな気分、心地よい時間、贈って「ありがとう」と言われたときの喜びや自信、分かち合ってできた人とのつながりなどの多岐に渡ります。

お金がないからできない。いくら稼がないと生きていけない。あー、今月金欠。そう思ったとたん、一気に生活が苦しく感じられませんか? そして無力感に襲われます。お金がないと欲しいものやサービスを受けられないと思うと、身動きが取れなくなるからです。

でも、それって本当? 実はお金は使い方次第で、さらに言えば、たくさん無くても豊かに暮らせる可能性があるとしたら?

私たちが生きるのは、物を私有化して、お金で売ったり買ったりする資本主義経済です。たくさん稼げなかったり、売り上げが右肩上がりじゃなかったりすると、商品力がない、マンパワーが低い、会社が停滞しているなどと、”ダメ”の烙印が押されます。

でもよくよく考えれば、地球上にあるものは全てもともと値段がついていませんでした。私たちは狩猟・採取して得た恵みを分かち合って命をつないできました。太陽の光や大気中の空気や大地の恵みに至っては、もらいっぱなしの0円。けれども無いと生きていけないぐらいの価値があって、地球から公平に与えられるパワフルな贈り物です。そもそも家賃が高い安い、持ち家か賃貸かと言っても、みんな地球の居候なのです。



(写真すべて)永田智恵

資本主義経済のすきまをギフトエコノミーで埋める。

とはいえお金でほぼすべてのものが交わされる社会で、贈与や分かちあいだけで暮らそうというのは無理があります。

そこで、資本主義経済かギフトエコノミーかと一本化せず、どちらも手札に持ってみませんか。そうすることで、もっと自分にあったお金との関係性や働き方、豊かな経済圏をセルフデザインできます。コロナ渦で浮かび上がった資本主義経済が抱える生きづらさと経済課題が重なり合う問題への一つの答えにもなるでしょう。

具体的にどうすればいいの?ということで、百聞は一見にしかず。資本主義経済のなかでギフトエコノミーも取り入れながら美しく生きる服部雄一郎さん・麻子さん一家の暮らしを訪ねました。

ギフトエコノミーには、「受け取る」「感謝する」「ゆずる」という3つの基本的なアクションがあります。この記事では、服部一家の暮らしをお手本に、この3つの基本的なアクションを実践ギフトエコノミーとして4つのステップに分け、前編・後編にわたってお届けします。こちら前編では「受け取る」「感謝する」を、後編では「ごみを活かす」「贈る」を中心にお話しします。




ゼロ・ウェイスト・ホームの服部家は、
ギフトエコノミー家族でもある。

夫婦に子ども3人とねこ1匹の服部一家は、横浜市から葉山町、カリフォルニア、南インド、京都を経て、現在は高知県の山のふもとで暮らしています。雄一郎さんと麻子さんは「ロータスグラノーラ」という屋号で、お菓子や天然素材の商品、野草茶などを販売し、週に一度は「水曜カフェ」というお店(転居を機に、現在カフェは終了)も営まれてきました。

服部麻子・雄一郎夫妻は、高校1年生の桂(けい)君、小学5年生の翠(すい)ちゃん、小学2年生の朔(さく)君、ねこのクリスタルと高知の山のふもとで暮らしている。桂(けい)君は特別支援校の寄宿生活で週末のみ帰宅のため、残念ながら撮影時は不在。
ねこのクリスタル。

雄一郎さんは、ごみゼロを目指す家族の物語『ゼロ・ウェイスト・ホーム ーごみを出さないシンプルな暮らし』(※)の翻訳者であり、一家はごみを出さない循環型の生活を心掛けていることでも知られています。さらに、ギフトエコノミーもその暮らしを彩る大切なエッセンスだとか。今春には、雄一郎さんが翻訳された、ギフトエコノミーの実践レシピが詰まった『ギフトエコノミー ―買わない暮らしのつくり方―』も出版されました。

(※)家族4人で一年のごみの量がわずかガラス瓶1本分というベア・ジョンソンさんが執筆した暮らし方提案本

ギフトエコノミー ―買わない暮らしのつくり方―』(リーズル・クラーク、レベッカ・ロックフェラー共著)には、古いTシャツでつくる靴ひもや柑橘皮を使った洗剤など、あっと驚くレシピが満載。雄一郎さんお手製の廃材と針金でつくった本棚とともに。

夫妻のギフトエコノミーの旅は、
選んで買い物する楽しさからはじまった

記事のつづきは、Greenz.jpで。

後編は、6月8日午前6時公開です。あわせてよろしくお願いいたします。