資格や条件によらず、自分の可能性と能力を発揮する人たちがいます。そんなハイヤーセルフ(高次の自分)とつながった人物を自己実現者や自己超越者と呼び、心理学者アブラハム・マズローは研究しました。当時二大主流だったフロイト主義や行動主義とは異なるマズローの心理学は、第三勢力の心理学や人間性心理学と呼ばれています。それは、さらに個人を超えた人間の本質の真・善・美、つまりハイヤーセルフについての探究を深めるトランスパーソナル心理学 (第四勢力の心理学)へと続きます。今回は、マズローの100以上にものぼる研究論文、論説、随想、講演などをわかりやすくまとめた、フランク・ゴーブルの名著『マズローの心理学』より見る、ハイヤーセルフとつながった人の特徴についてお話します。
目次
人間のポジティブな可能性、真・善・美にフォーカスするマズローの心理学。
かつて心理学では、人間の本性について大きく二つの理論で語られました。ひとつはフロイト主義の、人間とは無意識の邪悪な衝動に左右される存在だという考えです。もうひとつは、心理学者ジョン・ワトソンやB.F.スキナーに代表される行動主義の、人間の行動とは動物と同じで、罰か報酬といった刺激で機械的に説明できるという考えです。つまり人間とは、気分がいいことを求め、そうではないことを避けようとする利己的な存在だということ。フロイト主義にせよ行動主義にせよ、人間とは非人間的な本性で説明がつくという考えでした。
それに対して、心理学者アブラハム・マズローは、ヒューマンポテンシャル運動といって、人間が持つ真・善・美という可能性や潜在性を探求しました。そこで語られる自己実現する人の無意識とは、創造的であり、愛すべきものであり、健康で自由で美しいものです。人間のより高度な本性を見るというこの心理学は、人間性心理学や第三勢力の心理学とも呼ばれます。
5段階欲求を超えた、ハイヤーセルフな自己超越者たち。
マズローといえば、彼の欲求5段階説(自己実現理論)を教科書で見たという方もいらっしゃるかもしれません。人間の欲求は5段階で構成され、生理、安全、所属や愛情、自尊心などの欲求を段階的に満たすことで、人はより高次の欲求を探究できるという理論です。この理論では、一般に人は欠乏を満たすことで動機づけられていると考えられます。
ところが発案者マズローが、アブラハム・リンカーン、アルバート・アインシュタインなど、自分の可能性と能力を存分に発揮し、調和的でつり合いの取れた人物の行動要因を分析するうちに、欠乏を満たすという動機だけでは説明できないことに気づきます。そこで人にはもっと高次の欲求があるはずだと、研究を深めるのです。
自己実現する彼らは、自己超越(トランスパーソナル)状態にあるともいえました。つまりそれは、個人を超えたトランスパーソナルな人間の本質の真・善・美、言い換えれば完全に統合された自分の状態、ハイヤーセルフ(高次の自分)とつながった状態です。1968年にマズローは、LSDを使ったトラウマ治療(LSDが違法になってからは呼吸法を用いる)を研究したスタニスラフ・グロフとともにトランスパーソナル心理学という第四勢力の心理学を宣言しました。
参考:ハイヤーセルフと繋がる方法とは? 問題を解決する、自分を超えた答えのダウンロード法
参考:この本でわかる! ハイヤーセルフ、ソースエネルギーをトランスパーソナル心理学で説明
健康に育つ木のように、純粋に自己表現することが誰かの役に立つ。
自己超越者たちは、純粋に自己表現しているため、何かのために何かをするという動機では説明がつかない言動も見られ、その行動要因を正確に表せないとマズローは結論します。
例えば、木がすくすくと育つのは、私たちに「きれいだな」「元気だな」と承認されるためではなく、鳥たちに「巣の場所を作ってくれてありがとう」「木陰は気持ちいいな」と感謝や尊重されるためでもなく、「この枝を切って肥料を買うお金にしよう」と何かを得るためでもありません。ただ太陽に向かって伸び、雨や地の栄養を吸収しながら、木という表現を命の限りにしているだけです。
その自発的でひたむきな表現こそが偽りのない自己実現であり、その純粋性によって意図せず、人や鳥たちの役に立つのです。これを私たち人間にも当てはめることができれば、みんなそれぞれに心地よく自然な状態で、お互いを支え、活かし合いながら生きる社会になるのでしょう。マズロー自身、「健康な社会とは、最大多数の最も多くの可能性を引き出すような社会であろう」と語っています。
これは、アダム・スミスが経済学書『国富論』で語る、より良い社会における「啓蒙された人間」は、利己(自分自身の私利)と利他(社会的利益)が一致するという見解にも似ています。
では、マズローの考える自己超越された状態とはどんなものでしょうか。フランク・ゴーブル(※)がまとめた名著『マズローの心理学』より抜粋したいと思います。
(※)フランク・ゴーブルは、カリフォルニア大学バークレー校で機械工学を専攻し、社会問題などを研究する非営利組織トーマス・ジェファーソン研究センターを設立。彼が書いた『マズローの心理学』にはマズロー自身から感謝の前書きも添えられ、深い信頼がうかがえる。マズローはこの前書きを書いた直後の1970年6月8日、心臓発作で亡くなった。
マズローの心理学に見る、ハイヤーセルフとつながった人の特徴。
*人生を明瞭に見る能力。人生を自分が望むようなものとしてではなく、あるがままの姿で見ることのできる能力(すぐれた現実認知能力)
*自分の見解に対して、けっして感情的でなく、より客観的である
*ニセモノやインチキを見抜く点において、平均的な人に比べて並外れた能力を持つ
*願望・不安・恐れ・期待・誤った楽天主義や悲観主義によって乱されることは、大変まれ(この状態をマズローは「B-意識(存在意識)」と呼んだ)
*自己矛盾の程度が低い(人格が統合されている)
*(ほとんどの子どもが、なんの計画も意図もなく、歌や絵やダンスやゲームを作り出せるように)創造性がある
*表現がより豊かで、自然で、素直
*他人の批判や嘲笑を無視できる能力(一種の大胆不敵さ、完全な孤独に直面できる)
*心理的自由(たとえ一般の意見と対立しても、自分自身の決断を下すことができる)
*他人の意見に慎重に耳を傾け、自分はすべてを知っているのではなく、他人から何かを教えてもらえるのだと言うことを認めている
*新しいアイデアにオープンで、自分の無知や過誤をいち早く認める謙虚さを持つ一方で、新しいアイデアを支持するために流行に先駆けようとする意味では傲慢なところがある
*仕事が楽しくてたまらない
*気違いじみた思考ができるが、自分のすばらしいアイデアの多くは無価値になるだろうと言うことも知っている
*平均的な人とは全く異なり、彼らを本当に理解する人はほとんどいない
にもかかわらず、全人類との深い一体感を持っている
*人を助けることに幸福を見出す
*他人の欠点に対して非常に寛容であるが、不正直、虚言、詐欺、偽善に対して非常に厳しい
*勇気があり、物事をあまり恐れないので、馬鹿げた誤ちを犯すことも決して厭わない
*自分のことを大切にすることよりも、なすべき仕事に熱中できる
*ひとりの時間を好んで大変独立的だが、同時に人間関係を楽しむこともできる
*他人に不安や敵意を抱くことも、他人に賞賛や情愛を求めたりすることもより少ない
*いつも冷静というわけではなく、癇癪の爆発も珍しくない
*無駄話、卑猥な会話、カクテルパーティーなどにはすぐ退屈してしまう
*哲学的あるいは雄大なユーモアを好む
*自分自身を大いに尊重し、よって他人のことを大いに尊重できる
*未知なものや神秘なものを恐れない(むしろ惹かれる)
*自尊心を持っているので八方美人になる必要はなく、必要とあれば進んで敵を作る(すべての人に愛されるべきと考える人は、おそらく良い指導者にはなれない)
*他人に対して卑劣でケチで無謀なことはまずありえない
*非常に勤勉である
*類似した性格特徴(正直・誠実・勇気のようなもの)を持つ人を探すが、階級・教育・宗教・民族的背景・容貌といった表面的な特徴は無視する傾向がある
マズローの理論は、Y理論など経営マネジメントにも応用されている。
自己実現した、自己超越者たちは、独立的だけど人間関係を楽しむことができたり、冷静だけど子どものように自由だったり、自分をしっかり持っているけど謙虚さもあるという、矛盾する性質を合わせ持つことが見て取れます。そして癇癪を爆発させることもあって、決して完璧ではありません。けれども、すくすく育つ木のように健やかなのです。
「なんだかあの経営者に似ているな」なんて、思い浮かぶ人がいませんでしたか? マズローの欲求5段階説を性善説ベースで解釈した経営マネジメント理論のY理論などもあります。
参考:「強運の法則」が明かす、全宇宙が味方する成功と豊かさに必要な8つの条件とは?
人が心を病む重要な原因が罪悪感だというのは、多くのセラピストたちが語るところです。マズローは、「真の罪悪感は、その患者が自分の可能性に応じた行動ができなかったことだ」と言います。それはなにかを失敗したり、挑戦して出来なかったというよりも、現実を脅威に感じてなにかをやってみられなかった、つまり自然な自分を閉ざして現せなかったことが大きな心の負担になっているということ。そこで小さなことでも、素直な自分のYESを選んで行動に移してその選択をつないでいくことで、より自己一致したハイヤーセルフとつながった自分に戻ることができます。
動画で観ることもできます。
参考:どう生きたいの?天職って?生まれる前に魂が計画してきたバースヴィジョンを思い出す。